「ああ、ありがとう。また、何か聞くかもしれないですよ」鈴木の問いかけはむなしく、学生は背中で受け止めて、エレベーターの前に移動した。
手帳をしまうと、端末がスーツのポケットで震える。
「はい、はい。そうですか、確認を取りたいので、番号を教えていただけますか、わかりました。電話には出られる状態でいてください、所在確認に向かってまた、掛け直しますので、ええ。失礼します」鈴木は手の内側、手首のあたりにペンで書きとめた端末の番号にかける。
「もしもし」
「はい」コール数は躊躇いの証、電話に出た声は明らかに警戒の色が強い。女性の声である。
「O署の鈴木と申します。突然すいません、お母さんからお話は聞いてますか?」
「はい。今さっき聞かされました。どういうことなのか、さっぱりわからないの。あなたは本当に刑事さん?何かのいたずらだったら、たちが悪すぎると思います」丁寧な受け答えだ。言葉数の多さは母親をだました新手の詐欺と思った、攻撃的な口調と態度。あるいは冷静に事態の把握に努める心理が自動的に働いたのか、とにかく電話口の人物は落ち着いている。
「どちらにいらっしゃいますか?」鈴木は釣られてかしこまった口調で応えた。
「大学ですけど。あの、私これから講義なんです」
「すいません、所在を確認するだけですから」鈴木は不安げに見つめる管理人に空いた左手を顔の辺りに上げて挨拶、その手でエレベーターのボタンを押す。
「早くしてください。そうしてもらえると非常にありがたいのですが」
「建物はたしか、一号館と二号館、それに新しい三号館がありましたね。どこでしょうか?」鈴木は澄まして言う。
「面倒ですから、駐車場で待ってます。迷ってもらっても困りますから」
「ああ、それはお手数かけます。すぐに行きますんで。はい、どうも」どうして自分があげへつらうのか、そういった疑問に付き合っている余裕はない、鈴木は一階に降りて車に乗り込んだ。
ちょうどマンション前の国道の信号は赤、道路を突っ切り二股、左手の道を選択。高架を潜り抜けて、照度の落ちた道を登って、高台の公園をぐるっと迂回。信号で一旦停止、斜めのスロープを登って駐車場にたどり着いた。所要時間は二分程度。歩道に自販機、その隣のベンチに学生が一人座っていた。彼女だろう。鈴木は車を頭から突っ込み。声をかける。