自作小説-テンバイウォーク
長々と綴った文章に終わりを告げた、手が痛くなったのだ。手帳を閉じて、つかの間の休息に浸る。飛行機はやはり得意になれない、ひどい揺れ。まもなく、着陸。アナウンスだ。初めての土地である。今日も自宅の目覚めは快調だった。機内に高揚感が漲る。非現…
雨が落ちてきた。門を出た直後である。雨に濡れて、最寄り駅までを目指す。連休の最終日、出歩く人は少ない。私には好都合の環境、適合者を探すにはもってこいだ。肩口が濡れ始めた頃に最寄り駅に着く。進路を変更、今度は線路に沿って次の駅、自宅を目指し…
ぐるっと、家の周りを嘗め回すように観察する。松の木だろうか、緑が一段と色濃く映えた植物が歩道にはみ出して日光を遮る。塀は低層ながらも植えられた大木によってどこも敷地内はまったく見えない。裏側にも通用口があった、こちらが駅へ向かう方角。住人…
二日目にして散策を楽しむ。しかも東京で。願った状況といえばそれまでか、調月は軽く息を弾ませて歩行速度を弱めた。大胆に予測を立てた方角と看板の示す位置表示と距離数では、もう目的地周辺のアラームは鳴っているはずだ。建物が多く、それも旧型のビル…
「直感でも構いません」 「答えても?」時差式の信号が視界の隅で点滅。 「もちろん」風が通り抜ける。砂埃が舞い上がって、ビニール袋が生き物みたいに交差点でダンス。 「お売りできません」 「そう」彼女はほっとしたように調月からは見えた。「身の程を…
忙しさをあの土地に当てはめてみるが、めまぐるしい都会だからこそ、成立する体を酷使した稼動に思えるのは、私だけだろうか、調月は街中で立ち止まる人物、いつもその脇を通過する世界を外部を内部と思い込める意識の人物に変容していた。 「そうですか、そ…
早朝。暑さで目が覚めた。一瞬、場所の把握に混乱した気分が味わえた、調月は合格点を与える。今日は連休の最終日だ。人の出方が少ないことを祈ろう、とはいっても、車での移動を考えていない調月である。二つの訪問先は近所であり、さらには一軒目の早苗の…
「少ない?まわりくどい、はっきりと言えばいいのに」 「言っているつもり」 「お二人ともそれ以上しゃべると私はあなた方を残して車から降ります」 「この人が言い出したことなんだから、機嫌を直してちょうだいよ」 調月は会話を無視して早野にきく。「早…
サムズアップで歩道に立つ女性は見覚えのある人物だった。早野に債権譲渡を持ちかけ、土地の獲得から身を引くように迫った早瀬である。日傘を差して歩道に立っている。おそらく、こちらを監視していた。だが、ここを通ることを予測できたとは思えない。本来…
「ダメですよ、折角ですから食べなくては。それにおいしいと社内でも評判なんです、今もって来させますから」早野はデスクの受話器に告げる。「開発商品のあれ持ってきって、全部よ、いますぐにね」 断ったが、結局は食べるはめに。しかしやはり、食べきれな…
すると、一人の女性が登場した。落ち着いた色合いのスーツを着込んだ女性である。彼女はなにやらお客を別のレーンに誘導した。そこで話を聞くらしい。私の番だ。料金支払って受け取る。店員の女性は再度中身を渡す前に確認、こちらにも確認を求めた。初めて…
公園に停めた車に引き返す調月散歩は名前の通りに散歩を楽しむ。見慣れない風景はやはり心地よく、頼もしい。早道の適合は考えないよう宙ぶらりんで保管する。切り替え、調月は次の目的地、早野の自宅へ車を向けた。快晴。まだ時刻は正午前である。車の数が…
「突き詰めて考える材料には打ってつけです」調月は相手の目を見て、応えた。「即答はできかねます。表向きの言葉ならば、合格でしょう」 「隠し事があると、言いたいのかね?」片方の眉が上がる、そして煙も立ち上る。テーブルのリモコンで空調が動き出した…
深い緑のソファにオーク材のテーブル、左右はびっしりと本棚で埋め尽くされた室内、戸の正面、こちら側を向いたデスクとその背後に木製?または竹のブラインド。天井はシェードがついた照明というよりかはランプに近い古めかしいフォルムがぶら下がる。ざっ…
「土地売買の件で伺ったと言えばわかるとおもうのですが」私は通常通りの口調で応えた。あまり卑下しても仕方がない。周辺を調べるのは後からでも十分。まずは直接顔を見て、それで大半の事情、相手が抱える現状と必要性の有無で判断をする。周辺の情報は、…
車から降りて周辺の散策を開始する。早道という名前は歴史上の人物で聞き覚えがあった。家は豪邸よりも屋敷を想像した、歴史書や教科書の類で読んだ、あるいは聞かされた名前である。電柱の住所表示を確認する、手元の住所と見比べる。うーん、まだ距離があ…
調月散策の車は旧型である上にナビゲーションシステムを取り付けていなかった。購入の際に彼は断っていたのである、販売員の訴えにも屈することなく、彼は取り付けを拒んだ。乗車機会は月に二、三度。必要性は薄い。時間内に目的地に足を向ける場合はおおむ…
「ですから、真剣なのですよ。そしてゲームとして楽しめる。毎回が賭けです。もちろん、人生が破綻しないように安全側に傾くような取引の範囲内、所有に困った土地はひとつもありません」 「私は彼の意見に賛同するよ」早見は重たそうな瞼を持ち上げて、こち…
国道を越えて山沿いの斜面を足の向くまま、調月散歩は星が丘の町を散策した。端末を本日二度目の操作、午後の最終便のチケットを確保してからは、大よその時間間隔で生きた。当てもなく歩き、行き止まりにぶつかり、進路を変えて、引き返す。傾斜地は閉塞的…
「二倍とおっしゃいましたか、あなた?」早瀬が一番に沈黙を打ち砕いた。早野へ資金の倍額を尋ねた。 「二倍です、一・五でもなく、一・八でもなくて、倍です。×二」 「他の方々は梃子でも動きそうもありませんので、あなたに差し上げますよ。持ち帰りなさい…
「私が買い上げますので、皆さんはどうかこのお金で引き下がってくださいませんか?」早瀬は白い厚みのある封筒を五つ、テーブルに無造作に置いた。投げたと言い換えてもいいだろう。 「この時勢に一軒家の購入を望む面々にそれぐらいのはした金など、触手が…
そういえばと調月は立ち上がって、デスクのブラインドを開けた。車がずらりと未舗装路に寄せて止まる。車は三台、残りの二人はどうやって、やって来たのか、タクシーを借りたのだろうか。そうやって考えをめぐらせていると、バイクが一台滑り込む。エンジン…
「申し訳ない、昨日土地の購入に関して連絡を入れた早見というが、調月さんの事務所であってるかな、ここは」がっしりとした体格に似合った硬質な面立ち、髪はしっかりと健在、既に現役は引退しているらしく、ネクタイを外したスーツが様になっている。夏用…
一度にか……、調月は静かに頭を抱えた。 六名が一同に会するスペースは十分だが、椅子が足りない。ダイニングの椅子は一つが子供用の椅子で残りの四脚を確保。あとに二脚か。そうだ、調月は思いだして、事務所を出た、裏庭の倉庫を開ける。キーホルダーに取り…
冷蔵庫をあけて、お茶を飲み干す。調月の姪が二階の一室で暮らしているが、彼女には食事の権利を与えてはいない。それらは各自が支払う取り決めだった。彼女の飲み物が冷蔵室に見えた。 天井を見上げる、物音は聞こえない。物音が日常的に聞こえるぐらいなら…
「セミナーでも開いたら案外、お金取れるかもしれない。その話し方」 「納得していないみたいだな、まあ、わからせようとは話していない」 「売る相手を選ぶのに情報を流す意味があるの?」 「私の行動から制約避けるため。抱える案件を常に購買の状態、お客…
「また銀行から、取引額の確認だってさ。もういい加減一日の取引額の上限を引き上げてって何度言ったらわかるんだか、頭の回路がそっくり抜け落ちてんじゃないの?」 「攻撃性は兄貴そっくりだな」 「何よ、あらたまって感傷に浸ってんのさ、こっちは大真面…
「嫌がられませんか、あまりにはっきりと物事を述べることを」 「沈黙を守ってばかりいたので、それを払拭するために反動かもしれない。ただ、私は常にブレーキを人よりも多く慎重にかけたがる傾向のため、やりすぎぐらいがちょうどいいのですよ」 「個人的…
女性が一人座っている。立ち上がった。曲げた肘には黒のビジネスのバッグが下がる。私は、どこで確信を得たのかはっきりとしないが、公園に足を踏み入れて、数秒目があったとき、おぼろげな感覚がそれに変わった。調月から声を出す。相手が女性だったからで…
「費用はすべてこちらで負担します。それほど土地の所有には価値があるのですよ。マンションで得られた価値は浮いた金銭と一生の住まい。しかし、一軒家の土地を買えるほどの資産を所有する人物には、既に持ちえていたマンションでは琴線に響かない、一般の…