自作小説-乗降許可
㍶の躍動を停止。痺れそうなお尻を労わって、屋上に出た。誰かに見られる可能性をはらんでいるのに、私は空がそれでも見たくなったの。月が出ていると思っていたのに、星も見えない。星を見るために、自然を求めに住まいを離れるんだって、おもしろいね。矛…
「わかるかな。ただの自己満足から、作り手に変わって、生活をつないだ。求めるものを、さらに段階を引き上げた先を作り出して、提供したんだ。仕事とおんなじさ。同じものだったら、変わったほうをぼうけんとして選ぶだろう。それが価値になって、身しにし…
私は文面を読み込んで、返信を書いた。 「お手紙ありがとう。読みにくいかもしれませんが、私の思いが伝わるようにここからひらがなを多用することをご了承ください。あたらしい町をつくり上げるのはとてもむずかしいです。楽しいですけれど、かなり大変。ど…
物資が実店舗に赴かなくとも自宅に運ばれる世の中。それはこことまったく同一だよ。問題なく機能している、これまでが必要なやり取りだった会話や意志の疎通は獲得のために必要だったからで、十分条件でないのなら、あえて取り入れることもないのさ。隔離を…
室内を探検。植物が生えている。機械が動き回って、あれは管理をしているのか。栄養を与えて、根が張ってるのは半透明な固体である。触ろうとすると、機械が近づいて警告を発する。赤いライトが怒りを表しているのか、やはり作ったのは人間。つまり、人がこ…
だって外は私だから。翻って、考えて、取り込まれる前のまっさらで純白でビー玉みたいな瞳で私は世界を見たかったの。私がそこに少しでもほんの僅かにつま先でもはみ出したら、色がはみ出て染まってしまうの。 私の突拍子もない荒唐無稽さがどれぐらいに共感…
食料は潤沢に備えた。生活に困る必要はない。私はここで仕事を受ける事で生きられる。外に出る、という選択肢も考えないではなかった。生活に多少の貼りは必要なのかもしれない、と思い至り、方角を変えたのだ。室内への侵入は簡単だ。備品として運ばれれば…
鈴木の問いかけは数秒の無言から、数十分の沈黙にかき消され、車内はそのまま音を失くした走行に移った。 バイクを最近ではよく見かける。風を切る錯覚におぼれ、果てしなくただ遠くを目指して走る、車とは異なる臨場感が現実世界の生と死を安全側に立って体…
「何が?」 「試したいことです」 「曖昧だね」 「またはこれからのために余白をあけておいたのでしょう」 「ああ、うん、そうか。また新しい部署ができるかもしれないからか」鈴木は別の疑問を提示した。「そういえば、配布されたCDは、本当に社員全員が聞…
「階段に凶器を残した理由はなんだったと思われますか?」 彼女は優雅に振り返る。片手には半透明のポット。「見つけてほしい、あるいは見つかって、いつか誰かが自分を探してくれる、そういった矛盾に満ちた動機。かわいらしいものを見ると、つい手の中で潰…
熊田は種田の問いに応えた。「玉井タマリはエレベーターを使うつもりだったんだよ。最後の一人になって手間取って、支度を遅らせて、エレベーター内の凶器を回収しようとする。身体検査には硬質なコンクリート片は建築デザインの材料のサンプルとでも口実を…
「その時点で警察が来ていることは知りえた。なぜ、凶器を別の場所に移さなかったのでしょうか。業者がメンテナンスに取り掛かるまでに時間の余裕があったとはいえ、凶器が見つかれば熊田さんの指摘で彼女は窮地に立たされます」 「緊急的な隠し場所としては…
「玉井タマリは証拠品を持ち出さずに階段によけた観葉植物の鉢にコンクリートの破片を隠したってことですよね?」鈴木が言う。「だとするとですよ、バッグの中身を調べただけの持ち物検査では引っかからなかったわけですから、エレベーターでわざわざ上階に…
崩落した橋が復旧工事の作業に終わりを迎えたのが、それから約一ヵ月半後。日夜急ピッチで行われる作業に動員された数は約二百名前後、それほどの重要な交通を支える道路及び橋であることが再認識された、今回の事故である。今述べたように、事故として警察…
喫茶店 四月二日及び四月中旬 事件発生から長い一夜が明けた翌日。早朝にO署警察の第一陣が大挙として海岸線のビルに押し寄せた。大挙とはいっても高々十数人であるが、O署にとってはR川に架かる橋の崩落に人員を割いた緊急時、相当の決断を上層部が決め…
「……やっとこれで刑事さんも気が済みましたよね、僕らが犯人じゃないって」安藤アキルは晴れやかにこけた頬で笑った。 四人は地下に降りて各人の所有車、安藤は自転車で、帰宅していった。 箱の内部で、熊田は天井を調べる。作業員が一人三脚を持って天井を…
ビル メンテナンス業者に頭を下げて、取り掛かった作業を中断させた。熊田は端末に出て、五階の社、四階の武本、三階の安藤と玉井にそれぞれ連絡を返す、エレベーターを使用せず階段で降りてくるよう要請した。日井田美弥都の発言は、とにかく正しいと信じる…
「みすみす取り逃がすことは私にはできない。何か別の手段を用いて、拘束を引き伸ばせませんか?」 「相手は、考え抜いた末の行動に踏み切った用意周到な人物。最終的な行動、つまり最悪の選択も予期していたに違いない。凶器は既に持ち出されたか、まだビル…
外 「橋の崩落は偶然の産物だったのか、という箇所に話は行き着きます」日井田美弥都は顔の半面に影を形成、こちらの一歩手前と一歩後をあわせたような不思議な安心感をただよわせて、事件を紐解いた。それは熊田の推理となんら代わりのないものに近かったが…
「前置きを言いました」 「そうだった。橋の復旧はそっちで何とかがんばってくれ」 「応援が必要ならば、一人ぐらいはそちらに向かいます」 「必要ないだろう。後は頼んだ」 呼吸を助けるように煙を吐いた。外は真っ暗に。闇に包まれて、波の音がここまで届…
「わからないから、聞いている。わかっているのに質問するような余裕を見せた覚えはないが」 「そうでした。すいません」 「種田の意見を聞きたい」 「……持ち去られたのですか、それともはじめから確認されていない、または以前の置き場所を覚えていた」 「…
六F→地下⇔外 行き当たりばったりでは、やはり行き着き先は行き止まりがオチか、熊田は表情にゆとりを取り戻した社ヤエもデスクに戻るように会議室から送り出した。凶器。熊田は凶器の在り処から事件を捉え直す。隠し持って登場するのであれば、コンパクトに…
「本来凶器を想像する場合、頭部の打撃は、振り下ろすスイングが思い浮かぶ。体の上部に位置する頭部が狙われた。一般の人間でも創造された小説や映像でも似たようなものです。高い後頭部へはどうやっても振り上げる、あるいは平行に凶器を当てる。ただし、…
「だからって、私が犯人を殺したことにはならない。実際に凶器は見つかっていないもの」 「階段においてあるのでしょう?」玉井は口をあけて、動きをなくした。日井田美弥都の心理が読み取れた、彼女はしゃべりならが言葉を、展開を選ぶのか、熊田は解説を続…
「いい加減に芝居はよしてください。吐き気がします、どうぞはっきりと私は姉のように気分を害したり、暴れたり、卒倒にも内部で耐えられます」 「ではお言葉に甘えて。まず、フロアにはあなた降りてないというのが私の本音です。解除するには、このフロアに…
熊田が言う。「会議室のドアは見ての通り、椅子をかませて、閉まらないようにしてます。また、廊下から会議室に通じるドアには、出入りを許された人物のみが出入り。こちらのフロアにあなた方が来られるためには、ええ、出入り口のドアの入室許可が必要。こ…
「まったくの言いがかり。電源は切られていた、さらに言うとあのノートPCはロックがかかっていない大変無防備な状態であった。これで私への疑いは晴れる」 「そうでしょうか」熊田は半身になって玉井に返答する。そして社に素早く顔を向けた。「社さん、あな…
「PCにロックがかかってはいなかったわ」玉井は答える、音声は平坦で抑揚がない。 「ええ、私が解除しましたから」 「言ってる言葉の矛盾を理解してますか、刑事さん?」眉をひそめて彼女は言う。 「当然ですよ。ロックなんてかかってなかった。しかし、シャ…
ドアがノックされて、熊田は返答。玉井タマキが姿を見せる、彼女は熊田と社サエの組み合わせに瞬きを高速で繰り返した。ゆっくりと、おずおずと席に着いた。やはり一つ席を置いて座る。飲食店のカウンターの座り方である。 「お呼び立てして申し訳ありません…
「知らないそんなことは。私は私のために、今日は早く帰らなくてはいけないのよ。そのために私は最善を尽くしたの。だから、もういいかしら、時間なの、夫が電話に出ないの。代わってくれなくちゃ、私を待っているの子どもが」 「正直に話してください」熊田…