「うるさいぞ、大きな声を出すな。上からの指示なんだ従うしかないだろう」相田の説得が始まる。彼がこの中では最も中立的で常識に富み、一見していい加減そうな風体は常識人を隠すための装い。誰もが皆何かしら装っている。
「いつもの言い方に比べると語気が強かったように思います。やはり犯人は彼と見て間違いはないですね。それだけの確信が言動の裏返しですよ。管理監は確実なものしか信じませんから」捜査は基本、証拠を重要視する。明らかになる情報はあくまで証拠を後押しするスパイスであって、材料は証拠なのだ。確実な証拠から外堀を埋め犯人を追い詰め、捜索の範囲を絞り込み一気に片を付けるのが彼のやり方。だから熊田のように推理で川から頭を出した大岩を軽快にぽんぽんと渡るような捜査への信頼性はゼロに等しい。もしかすると、熊田に辛く当たるのは管理監の理想が熊田の捜査方法なのかもしれないと、種田は考えた。やっかみとは得てして自分を投影するものだ。
それでも熊田は口を開かない。うっすらと赤く染まりだした空は昼との境目を強調する。
交差点で停車。対象車両が先頭。交差点は変則的な位置取りである。国道と進行方向の右折路は通常の道路であるが、左手は、曲がるとすぐに左右に道が分かれて突き当る。しかも坂道で左は下り坂、右手はわずかに上り、すぐに急な下りになる。
熊田の車両に横付けして後ろに張り付いていた別班車両が止まると、サイドウィンドが降ろされた。
「何やっているんだ!お前たちは捜査から外されているんだ。あくまでも監視、遠くから見守っているのが条件だろう。約束は守れよ」いかつい顔の刑事が前方に気を配りつつ抑えた口調で訴えてきた。熊田はのんびりと窓を下げる。
「だからこうして一台空けて追いかけてる。あっ、信号変わりますよ」人差し指を差し出して熊田の車は走りだした。遅れた窓から微かに怒鳴り声が聞こえる。
「感じ悪いですね。だいたい僕らが捜査の主導を任されていたんです。あの人達にとやかく言われること自体がおかしい」鈴木が前席の空間に顔を差し出して意見を主張した。この男にとっては珍しい行動である。たいていは、のほほんと与えられた業務をこなすタイプの人種である。与えられた仕事はこなすが自らで他人を押しのけてまで領土や取り分を主張はしない。
「別班も好んでやっているわけじゃない。誰もが誰かの命令に従っている。背けば、後の処遇や向上するはずの地位が幻と消えると信じているからこそ、ああやって素直に責務を果たしているのさ」
「熊田さんとは真逆ですね」種田がぼそっと呟く。