「皆さん、どうかお帰りはもう少し待っていただきます」佐山が前回の後ろ向きな態度は微塵も見せない、胸を張った姿勢で、言い放った。脇に従える新谷も、まあまあとこちらを宥める。芝居がかった試みか、それとも新谷の咄嗟に利かせた機転だろうか。彼女は経験が浅く、波及する影響に乏いため、大胆な行動に移せてしまう。種田は不毛な分析を切り捨てて、自分よりも、計り知れないほどこの空間に嫌気がしてるアイラを眺めた。目が合う。感応速度が速い。全体と一点の両方の把握が可能らしい、意外と頭は働くのかもしれない。売れている、という世間での認識は彼女の曲が空港、乗り降りの駅で三度も耳にした今日の経験が発想の由来である。種田自身は音楽をまったく聴かない。そのため、彼女の曲のよさが、外見やスタイル、彼女以外が作り上げた商品と認識をしていのだが、彼女そのものに彼ら、ここでサインをもらった人物たちは魅力を悟っているのかもしれない。しかし、やはりどうでもいいことだ。
視線を佐山に据え直す。
「改めて先月の事件について皆さんに聞いておくべき、いいえ、ここではっきりとさせておく事実確認を行いたい、そう思ってやってきました」何か重大な証拠を掴んだための横柄にも映ってしまう佐山の態度か、種田は後ろ手に組んで、事態の展開を離れて見守る。応接セットと壁際につけた長机の間に下がった。一瞬だけ、アイラが気配に首を動かすが、視界に端に私を捉えて、全体像には興味がないらしい。
種田の存在に気が付いた新谷に人差し指を口元に寄せて、佐山の演説めいた聴取を勧めさせた。端末が振動、種田は小声で端末に出た。
「どこにいる?」熊田である。