僕は家と学校の制約下では購読困難な本を取り寄せて、それらに没頭した。
一時間。
耳に届く警告音が、外界とのコンタクトを要求、不必要に死角に配っていた意識を思考に回す僕は、反応が遅れた。それでも焦らずに地下室を通り抜けて、裏庭に出る。しかし、裏口に手をかける間際に呼び止められた。母である。
「そんなとことで何をしているの?ダメじゃない、言いつけを守らないと、あなたは、あなたは……」言葉が続かない、そう、その先は僕と母自身を責めてしまうフレーズ。僕は素直に謝る、言い訳の用意は万全。広げた宿題は、草木、身近な植物についてのレポートであった。そのために、裏庭に出て、隣家の黄色い花を観察していたと報告した。機嫌を損なわない程度に、それとなく触れる感触を僕は心得たのだ。自尊心の自傷には、他の要因を作り上げれば解決に導かれる。後天的な影響によって僕の死角が誕生した、と口でいくら説明してもしかたない。本人が他の事実を信じ込むことがなりよりで、すべて。仕事に打ち込むのもそのためだろう。経済的な事情を我が家は抱えていない。父の転勤も提携先の企業との業務提携により、出向でこの国にやって来たのである。母は当初、僕ともう一人の家族とで自国へ残る選択だったが、もうひとりを残し、この国で仕事を始める決意を固めた。もともと、母は気が強い。しかし、裏を返せば虚勢。しかもその裏があまり世間にさらされていないのだから、攻撃の一手しか彼女には手段がなく、そういった理由も僕から距離をとる理由である。
翌日。
学校から帰り、母は仕事へ出かける、備え付けのオーブンの修理に立ち会うためである。父は出張で家を昨日から空けている。学校で運動の授業があったが、教師は有無を言わさず、僕の意見を聞こうともせずに見学を言い渡した。親の意向なのだろう。どちらかといえば、運動は得意だ、嫌いでもない。ちょうど移り住んだ家には、ガレージ、シャッターの上部にバスケットのゴールが取り付けてある。年季が入ったのと、そこだけが売りに出したときもおそらく修復は施されなかったのだろう、四角い枠はうっすらと切断を予感させる亀裂が入っている。ボールは、恨めしそうにゴールを眺めた僕を不憫に思った向いの住人が提供してくれた、黒いバスケットボール。勝手に人から物はもらえないと、その人物にはっきり伝えたが、それならと、家に押しかけ、父にボールがまだ使えること、自分が持っていてもこれから使うことはないこと、僕がボールで遊びたそうな顔をしていたことをまくし立てるように述べ伝えて、父を丸め込み、しかし、満足げとは程遠い、不満をにじませた表情で家に消えたのだった。仕方なく、ボールで二回ぐらい遊んだ。ただ、隣の住人からうるさい、と怒鳴られてからはガレージに置きっぱなし。運動といえる活発な動作はそれ以来、あまりこちらへ来てからは、積極的に取り組まなくなった。