事件当夜の都心交通網は乱れ、空の便も運行は停止。渋滞の列は翌朝まで止むことを知らず、空港や主要駅にたどり着けた利用客は、最寄りの宿泊先及び臨時的に空いたロビーの一角で一夜を過ごす。事件に関わった主要な人物、主に特別室に出入りが可能であった観客は全員が上京組みであり、彼らは翌朝の便で各自の住まいへ帰っていった。当然、熊田と種田も翌朝便に乗り、北海道へ帰還、同じ便の飛行機に日井田美弥都も同乗していた。しかし、昨日の雰囲気とはうって変わり、ロビーで待つ彼女に熊田は声をかけらなれなかった。彼女の特性には昨日の会話が積み重ねた意志の疎通を無残にリセットする機能が備わるのだ。
かくして、熊田と種田は午前をかろうじて保つ時間帯にO署に戻り、部下の二人に仕事を頼むと、その日の仕事を休んだ。無論、種田もである。今回の警護の依頼主である、部長へは電話で警護対象者の死亡を帰りの空港で伝えていた、そのときは、捜査の打ち切りを平坦な声で言い渡した。
それから、翌月。熊田は今回の事件に関する調査の続行を部長から署内の喫煙室で指示を受けた。部長はふらりと現れ熊田とタバコを一本吸い、姿を消した。つまり、事件の追加調査を依頼されたのである。対象者の警護は本人ではなく他の人物が願い出たのでは、熊田はそう推測した。しかし、捜査を行うにしても、ホーディング東京の捜査は警視庁の管轄である。部外者の捜査は、事件の目撃者を兼任していたための許可であって、いきなり乗り込んでも結果は目に見えたこと。
取っ掛かりは唯一、次回のテレビ収録。アイラ・クズミが観客のフラストレーションを静めた強烈なインパクト。その収録日と当日の入場券を兼ねた葉書が熊田の下へ配達されたのが事件から一ヶ月後、部長に追加調査を命じられた翌日であった。
そして、時節は翌月を迎えた収録日当日。O署は部下に任せ、熊田と種田は格式高い伝統的なテレビ局に向かった。
行きの空港で美弥都の姿を探したが、彼女は見当たらなかった。もう一便前に搭乗したのかもしれない、彼女は時間には正確、慣れない土地と不測の事態に備えた可能性は高い、と熊田は空港から電車に乗り換える車両に揺られならが考えた。
隣に座る不躾な態度に映る彼女、部下の種田はいたって通常の振る舞い。じっと崩さない姿勢を保ち、手元には東京のガイドブックを持っていた。
空港で顔を会わせた挨拶の次の会話がここで交わされた。それまでは二人とも無言であったのだ。